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雑談スレ374-401の流れから +++2人はベッドに腰掛け見つめあっていた。ゼシカがかすかに頬を紅潮させ、瞳を閉じる。ククールは一瞬目を細めたが、すぐに彼女の肩に手を置き、薄く開いた可憐な口唇に優しく口づけた。あの忌まわしい出来事から、数か月が経っていた。それ以来いつからか2人の間に、約束事のように繰り返されている一つの行為があった。抱きしめ合い、睦言を交わし、素肌に触れ合って、見つめあって、キスする。お互いを慈しむための行い。性行為などとは到底呼べないままごとのような愛情確認。ふとしたことで、ゼシカが異性に触れられるとひどく怯えることに気づいたククールが始めたことだった。それはゼシカ自身は全く気づいていなかった、心の奥底に残された傷だった。「オレがすることが嫌だと思ったらすぐにそう言って。嫌じゃないと思ったら、目を閉じて、なんにも考えないで、身体の力を抜いて、受け入れて」ククールは真摯な瞳でそう言って、ゼシカの身体をまるで壊れやすい宝物のように大切に扱った。少しでもゼシカが拒絶の反応を見せれば、ククールはすぐに謝って手を離した。ゼシカは、ククールに抱きしめられることに嫌悪など感じなかった。どうしようもない恥ずかしさはあったけれど、泣き出したくなるほどの安心感と苦しいくらいに高鳴る胸の鼓動は、大好きな兄に抱きしめられた時の幸福感とはまるで違うときめきと疼きを与えてくれた。最初は、両肩を掴まれただけで身体が跳ねた。それでも、ククールが丹念に肌を撫で、羽根のように優しく触れ続けてくれたおかげで、徐々に緊張がほぐれ、彼に身を任せることができるようになった。はじめてキスした時も、思い返せばゼシカの方から望んだような空気がある。熱っぽく潤んだ瞳で見つめてくるゼシカに、あと数センチで口唇が触れ合ってしまうような距離のまま、ククールはひどく戸惑った様子で眉をひそめていた。しかしゼシカが泣きそうな顔でククール、と名前を呼ぶと、何かを決心したように(あるいは何かを諦めたように)、そっと…キスをした。触れ合い、口づける。そこで終わりではないことは、さすがにゼシカにもわかっていた。これが「男女」の営みであるのなら、この先に続くべき行為も想像がつく。さらに言えば、すでに一つの確信があった。ククールはきっとそれを望んでいるのだろうと。そして―――自分も。ククールに「これ以上」をされても、もうあの恐怖は蘇らないとわかっていた。 「……………ククール…?」ふいに彼の手が身体のどこからも離されて、ゼシカはうっとりと閉じていた目を開いた。ククールは腰かけたまま組んだ指を額にあててじっとうつむいていた。表情が見えない。ゼシカは不安になる。「…ど、うしたの?何かした?わたし…」「もうやめよう」いきなりキッパリと言い切られ、意味がわからずゼシカは目を丸くする。「もうゼシカは大丈夫だ。あとは自分自身で心を回復していかなくちゃならない。 オレにできるのはここまでだよ」絶句するゼシカをよそに、ククールは流れるように言葉を口にする。しばらくして、ゼシカの口からようやく零れた言葉は震えていた。「ここ、まで?…ここまでって、なに?」「本当は、オレがするべきじゃなかった。ごめん。でもお前のトラウマを克服させるのはあの時点でオレしかいなかったから、やってよかったと思ってる。これでゼシカが怯えることはもうない。オレの役目は終わった」それはあらかじめ用意してあったセリフのようによどみなく、躊躇もない。ゼシカは声だけでなく、全身が震えてくるのを感じた。ククールの言いたいことが、おぼろげながらわかってくる。決してわかりたくない内容が。“役目”?口唇が開くが、言葉が出てこない。明らかに狼狽しているゼシカに、ククールは低い声を落とした。「――――ゼシカとセックスはできない」その途端、衝撃で空気がひび割れた気がした。ゼシカのか細い声が響く。「……役目、だから?」「………………」「ククール、私に触れてくれるの、嫌だった?」「…そういう話じゃない」「私、わたしは、ククールに触れてもらえるの、すごく好き、だったよ。しあわせだった」おそるおそるゼシカは本音を吐露する。もう羞恥などとなりふりかまっていられない。はっきりとククールが離れていく感覚が、怖い。「…わたし、わたしは、ククールと、…。………した、い」そう告白した瞬間ククールが乱暴に立ち上がり、ゼシカは思わず身を縮こませた。嫌われた、軽蔑された、どうしよう、と、ただ混乱する。ククールはゆっくりと背を向ける。「――――吊り橋理論って知ってる?」 へ?とゼシカは気の抜けた声を洩らす。「深い谷の揺れる吊り橋の上で男と女が出会うと、恋に落ちる可能性が高いんだと。 心臓が高鳴ってる状態での出会いは、相手を好きなんだと脳が誤認するらしい」温度のない置物のようにつらつらと並べられていく言葉。だからなに?とゼシカは言いかけた。しかし、声にはならなかった。彼が何を言いたいのか、嫌でもわかる。一気に頭に血が昇った。「わ…っ、私のこともそうだって…言いたいの…!?私の気持ち…っ!!」「お前が悪いんじゃねぇよ、全部偶然だ。お前はもうオレなんかにひっかかってちゃいけない。 キスもセックスも、ほんとに惚れた男とす…」どん、とククールの肩を押したゼシカが、全身の力をこめてその頬を張った。「バカにしないでよ!!!!」さっきまでなんとか耐えていた涙が叫びと共に零れ落ちる。それ以上言葉が出てこなかった。それぐらい腹が立っていた。そして、同時に悲しかった。“勘違い”だと言われた自分の想い。“思い込み”だと切り捨てられた自分の恋。ドキドキしていたから、ククールを好きになった?バカにするんじゃないわよ、そこまで子供じゃないしそこまで単純じゃないわ!ボロボロ流れる涙を止めることもできず、ゼシカはただ無言でククールを睨みつけていた。ククールも顔を逸らしたまま動かない。これ以上言うことはないとでも言うように黙っている。――――何か言ってよゼシカは心の中でククールに訴えた。心を突き刺す沈黙に、もう、気勢を張れない。彼を殴ったまま握りしめていたこぶしから、ふっと力が抜ける。本当は、もう気づいていた。“吊り橋理論”。そう、そうなんだね。それに引っかかってしまったのは、私じゃない。…あの時、身も心もボロボロになった女に出くわして、決して一人では立ち上がれなかった女を前にして、ククールは“勘違い”した。「自分はこの女のそばにいるべきなんだ」と、“思いこんだ”。あなたの性格で、あんなに情けなくて惨めで可哀想な女を前にして、放っておくなんてこと、できるわけなかった。だから、自分の気持ちを同情から恋心にすり替えた。そうでもしなければ、好きでもない女の身体に、愛情を持って触れて、キスするなんて、できなかったから。そして私が傷を克服できそうになって、ようやくわかったのね。自分の本当の気持ちに。「……ごめんね」永遠に感じられた沈黙を破って、ゼシカがポツリと言った。ククールがゆっくりと顔を上げる。その力なくうつむくゼシカの様子に、さきほどの迸るような怒りはもう微塵も感じられない。「ずっと、嫌なことさせてたんだね。…ごめんね」降ってわいた偶然で、私は自分たちが好き合っているんだと誤解した。告白ひとつまともに交わしてはいなかったのに、まるで恋人同士になった気になって、浮かれていた。……それが「本当に」嬉しかったのは、自分だけだったのだと。ククールは私と「これ以上」をするなんて、まっぴらごめんなのだ。その事実を冷静に受け止める。私はただの仲間。なら未練なんか残してはいけない。少なくとも、そのように振舞わなくてはいけない。じゃないと彼はまた、私に「同情」してしまう。 フラリと扉に向かって歩き出したゼシカに、ククールが何か言いかけてグッと口唇を結んだ。ククールの心の中の葛藤がどれほどのものであるかなど、当然ゼシカが気づくわけもない。何もかもを抑え込み封印しなければと考えたのは、ゼシカだけではなかった。「もうやめよう」と、その一言を口にすることがどれだけ彼を苦悩させたか、ゼシカは知らない。そしてククールにもそれを知らせるつもりはなかった。ククールの決意は強固だった。だから、ゼシカが部屋から出ていくのをじっと待つ。こぶしを握りしめて。「――-――あのね」ふいに、ドアノブに手をかけたまま、ゼシカの囁くような声が床にしんと落ちた。「…あの時、すごく怖くて、とにかく怖くて、声も出なくて、私、もう終わりだと思ったの」ククールが眉をひそめる。強姦未遂に遭った彼女の、まさにその時の心情を聞くのはこれが初めてだった。「その時ね。私の頭の中に無意識に浮かんだのは、…………ククールのことだけだったんだよ」ハッ…とククールが目を見開いたことに、背中を向けるゼシカは気づかない。ゼシカはポツリポツリと、でも意志をもってククールに伝える。「他の誰も思い浮かばなかった。兄さんのことすら、考えもしなかった。ただ、ククールのことしか考えられなかった。ずっとずっとククールの名前を呼んで、ククール助けて、って最後まで叫んでた」ノブにかけられた指が震えている。そして、声も。それを隠そうと必死になっているのが伝わる。「………だから…。―――“吊り橋理論”は、私には、当てはまらないの。だってククールに抱きしめてもらう前から、私はククールが、…好き、だったんだもの」それだけは伝えたかったの、という言葉と同時にゼシカは扉を開く。ククールの足がわなないた。引き留めたいと、全身がわなないていた。でも見えない糸に縛られて、時を止められたかのようになぜか指先ひとつ動かせない。ゼシカが肩越しにわずかに振り返る。口唇だけで、ありがとう、と告げて。その瞳から光る雫が流れ落ちたのを認めた瞬間に、ククールの呪縛が解けた。廊下に踏み出し扉を閉めようとした―――ゼシカの身体を、ククールは攫うようにして腕の中に閉じ込める。それはオレのセリフだ、と、心の中で叫ぶ。そしてククールはゼシカがそれまで聞いたこともないような苦しげな声を、ゼシカの耳元に囁く。「オレもゼシカを抱きしめる前から、………お前のことが、好きだった…!!」最初からそういえばよかったのに。バカみたいね、私たち。ずいぶん時間が経ってから、ゼシカはそう言って泣きながら、笑った。
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51 『約束』1/4 ◆JbyYzEg8Is [sage]2005/09/07(水) 20 13 42 ID mtnG8Ja3 約束 55 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/07(水) 21 00 41 ID rZE41WgB 51 なんて切なくていい話なんだ…・゚・(ノД`)・゚・ しかし、そうなったらゼシカママンの反応が気になるなw 57 51[sage]2005/09/08(木) 23 05 12 ID uLRMnVgU 55 ありがとうございます。 55 ゼシカママ、もちろん大反対でしょうw 普通に恋人として紹介しても反対しそう。っていうか、してほしい。 恋は障害があった方が燃えるから。 58 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 00 27 03 ID t9KGkZU/ 57 恋は障害があった方が燃えるから 激しく同意同意同意ーーーーー(;´Д`)!! あまつさえ、彼が各地で浮名を流しているのをママンの耳にも入ってたりしてたら (過去にリーザスの女も口説いてたりしてw)そりゃもう大変。 兄を理想としていた由緒正しきリーザス家のあなたとあろう者が あんな見た目だけのチャラチャラした男に騙されるとは何事ですか!とまくしたてるママンに 私も最初はそう思ってたけど彼は違うの!とまたもや母娘で口論バトル。 ククなんかはどう出るんだろう。 やべぇ萌えが止まらない… このあたりのエピソードも職人さんに書いて欲すぃ。 59 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 00 56 ID BXh11q3p 58 ちょwwwwwwっうぇwっをまwwwwww早まりすぎワロス 60 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 05 41 ID f8mr2hEf 障害はママンだけではなく、屋敷の前に立っていたあの青年が怒濤の反撃に出て三つ巴の 戦いになるとか、 その前にあのがきんちょを攻略しないと屋敷には入れてもらえないような気がしてきたり。 無事にモシャスを習得してうっかりゼシカになっちゃった彼女を間違って口説いちゃったり。 「モシャスの次はルーラだ」とかなんとかで、そりゃあもう楽しい展開が……。 ……ククールにとっては最難関のダンジョンになり得るんじゃないだろうか、リーザス村。 とりあえずママンの方針としては、ルーラを使わせないために呪文封じor天井のある場所へ避難 などなど、前途多難なんじゃないかと考えてたら楽しくなってきました。 61 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 57 38 ID NTWFV6SE ククのことだからママンも口説いた前科ありとか 62 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 07 21 19 ID Dw6leEJA 60 あのがきんちょってポルクとマルクの事? この2人も色々思い浮かべるものがあるなぁ。 「ゼシカねえちゃんを取ったーーーー(大泣)!!」とククに突っかかり 一生懸命なだめすかす2人。いや、ありえないかな… 63 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 17 53 16 ID brMRskv7 エンディングまでには二人は既に一線を越えていた ↓ しかしトロデーンの宴会でククールが別の娘にちょっかいを出して、 喧嘩になり、そのまま別れた ↓ 数ヶ月後に再会した時にゼシカはヨリを戻そうとしてたが、 ククールが女連れでガックシ。 ↓ しかし直後にククールの連れた女が消えてるので、 やはり二人はヨリを戻したのであった。 64 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 22 57 45 ID uM878bEq それはなかなか面白い。 ゼシカとくっついてからもやっぱ浮気すんのかなー… 浮気癖はそうそう簡単に直らないと言うしちと切ない
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暫く呆然と同じ場所に立ち竦んでいたククールは、 泣きそうに歪む顔を伏せそのまま小さな声で一つの魔法を唱えた。 「ルーラ」 短く呪文が唱えられた瞬間、ククールのいた周囲に風が巻き起こり、 そのまま風に運ばれるようにしてククールの姿が空に消える。 そこから数メートルも離れていない位置で、 突然起きた風にゼシカは小さく「きゃ」と悲鳴をあげて目を閉じ、 エイトは反射的に風の起こった方を振り返った。 (アレは…ククール?!) ゼシカを庇うように立ち上がりながらも、 一筋の弧を描いて空の彼方へと消える姿を見て、驚きに目を見開く。 ククールがゼシカを想う気持ちにも、ゼシカがククールを想う気持ちにも、 それとなくエイトは気づいていた。 二人がその想い故に擦れ違っていることも。 (もしかして今の会話を聞いていたとしたら… どうしよう、ククールは、何処に行くつもりなんだろう) 「エイト?」 自分に背を向けるようにして立ったまま、 腕を組んで何事か考え込んでいるエイトを不審に思い、 ゼシカは声を掛けるも、深く考え込んでしまったエイトの耳には届かない。 (いちかばちか…行ってみるしか) ゼシカの声に気づかないまま、エイトは何かを決意した眼差しで空を見上げ、 そうして先程ククールが唱えたものと同じ呪文を大きな声で口にした。 ふわり、と地面に着地する手前で身体が一瞬浮き上がり、 トンと軽快な音を立てて目的の場所、ドニの町へとエイトは降り立った。 足が地面に着き切るのを待たずにその足を前方へ向けて走り出し、 町の入口を猛スピードで潜り抜ける。 そして目前にあった大きな酒場へと、 勢いを止めずに飛び込むようにして足を踏み入れたと同時に叫ぶ。 「ククールはいますか!?」 酒場では活動時間外の真っ昼間に、 突然大きな声をあげて入って来た青年に、 中にいた数人の人が振り返って入口を見る。 その視線の中に、今しが金髪のバニーガールを引き連れ、 裏口から出ようとしている赤い制服を男を即座に見つけると、 エイトは即座に駆け寄った。 驚きに見開かれた蒼い瞳が、ふい、とバツが悪そうに背けられる。 行こうぜ、とククールが隣にいるバニーガールの子の 腰を引き寄せて言いかけた声を遮って、エイトが口を開く。 「やっぱりココにいたんだ」 「……わざわざ追いかけて来たのか?悪趣味だな」 傍にいたバニーガールを腕を伸ばす仕草で、 先に外に出したあと追いかけて来た人物を振り返り、 馬鹿にしたような表情を浮かべてククールが返す。 一瞬、言葉に詰まりエイトは俯くも、首を横に振って見せた。 「…君の行動を咎めるつもりで来たんじゃないんだ。 僕は、もし今の旅が嫌になったら逃げても良いと思ってる。 いや、君にも他のみんなにもその権利はあるんだ」 真摯な眼差しで、一言一句確かめるように言い放つエイトから視線を外して、 ククールは自嘲気味な笑いを零す。 「だったら放って置いてくれよ。…そのうち、気が向いたら戻るからさ」 「それは構わないよ。…ただ、ゼシカが心配するから、 彼女には一言何か言ってあげて欲しい」 「そりゃあ悪かったな。でもオレなんかより、 愛するお前から伝言受けた方がゼシカは喜ぶぜ?」 一瞬躊躇うように言葉を切った後、 どことなく遠慮がちに言葉を紡ぐエイトが全部言い終わらぬ内に、 ククールが吐き捨てるように言い、そのまま背中を向けて一歩踏み出す。 「…やっぱり、ククールは誤解してるよ」 エイトはその後ろ姿を追いかけようとはせず、 僅かに首を傾げてポツリと呟くように零す。 「…何が?」 いかにも迷惑そうな表情を作りながらも、 エイトの台詞が気にかかった様子で、ククールが今一度後ろを振り返った。 「…こんなことを僕の口から言いたくはなかった。 だから黙ってた…けど、ゼシカが好きなのは僕じゃない」 エイトは、キュッと何かを堪えるように胸の上で拳を握り締めると、 普段と変わらぬ淡淡とした声音で告げた。 顔だけを振り返らせたククールの冷めた表情に、 一瞬僅かな動揺が走ったあと、おどけた仕草で肩を竦めて見せた。 「…冗談。さっき不思議な泉でゼシカから告白されたばっかりだろう? それとも、何、オレをからかってんの?」 「僕が君をからかったり、 君が敢えて傷つくような冗談を言う人だと思ってるの?」 作り笑いのような表情を浮かべ、 どこまでも軽く受け流そうとするククールの態度に、 エイトの表情と声に僅かな怒りが篭もる。 ククールは、虚を突かれたように目を薄く見開くと、 僅かに体勢を変えてエイトと向き直り目を伏せる。 暫しの沈黙。先に口を開いたのはククールだった。 「……いや、そんなことは、思ってない…悪い」 心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、 口許を押さえて掠れた声でククールが謝罪する。 エイトはそれに首を横に振って答えて、一拍置いてから口を開く。 「…それより、ゼシカとちゃんと向き合って、話であげて。 君のことを放っておく訳にいかなくて、一人で置いて来ちゃったんだ。お願い」 少し物悲しいような、どことなく切なそうにも見えるエイトの表情と、 最後に付け足された短い一言に、 ククールは困ったように首を傾げた後、肩を竦めた。 「……エイトにそう言われると、オレ、何も言い返せなくなるんだけど。 オレは、確かに、ゼシカの口からエイトが好きだって、聞いたぜ?」 「きっと、タイミング悪かっただけだよ」 困惑気味に言葉を紡ぐククールに、エイトは苦笑して答える。 疑惑をきっぱり否定するように言い切られてしまい、 ククールは降参したように両手を挙げた。 直後、開け放たれたままの扉の隙間から、 ひょっこりと先程のバニーガールが顔を覗かせた。 「話は終わったの?」 一度エイトをチラリと見たあと、 ククールの様子を窺うようにして尋ねる。 「いや、その話なんだが…ちょっと用事が出来たみたいでさ、」 気まずそうに髪を掻きあげ、 悪いんだけど…と続けようとしたククールの言葉を遮るように、 立てた人差し指をチッチッと横に揺らす。 「悪いんだけど、全部聞かせて貰っちゃった。 酒場にいた他の人もみ~んな、 ククールたちの話に釘付けだったみたいよ? 女の子が店内を見渡すようにして言ったその言葉に反応するように、 酒場のあちこちからゴホン、とかウン!などと言った咳払いの声や、 止めていた作業を再開するような音が響いた。 エイトはその様子を見て、困ったように頬を掻き、 ククールは呆れたように嘆息した。 「大事な女の子がいるんでしょ?ククールにも、そんな時期が来たのね。 この借りは次来てくれたときに返してくれればいいわよ。はいどうぞ」 何故か楽しそうにクスクスと笑いながら、 バニーガールの娘は外に出るのを促すように扉を開けてみせる。 ククールはチラリとエイトを見た後、 「じゃあ悪いけど、行くよ」と誰にでも無く言葉を返して、 裏口から外へ出て数歩歩いた位置で再びルーラを唱えた。 エイトは安心し切った微笑みをたたえて、その後ろ姿を見送った。 un titled1 un titled2 un titled4
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初期(なんなのこの軽薄男!こういうタイプだけは信用できないわ。 そりゃそれなりに事情を抱えてはいるみたいだけど…。 ………やっぱりダメだわ!なるべく2人きりにならないようにして距離を保とうっと) 中期(……なんでこの人自ら人に嫌われるようなことばかり言ったりしたりするのかしら。 本当は優しくてちゃんと仲間を気遣える人なのに。まぁ女好きってのは変わらないんだろうけど。 ………実はククールって、すっごく傷つきやすいんじゃないのかな…) 後期「ねぇククール…。どうして私に…私達にまで、そうやってバリケード作るの? そんなに私達は信用できない?仲間としてククールを安心させてあげられてない? …私、悔しいのよ。あなたのその凍り付いたままの気持ち、溶かしてあげたいの…」 末期「ねぇククール。私が炎使いでよかったでしょ?(ウィンク☆)」 「そうだな。ゼシカのメラはオレにとっての特効薬だぜ(色んな意味で)」
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その戦いでエイトたちは窮地に立たされていた。 相手の魔物たちは強敵ではなかったが、休みなく戦い続けた無理が祟って、全員が体力も魔力もほとんど使い果たしていた。 敵の放った毒がククールを襲い、また別の魔物の一閃が、ゼシカを限界まで痛めつける。 ククールは強烈な毒に耐えながら、残された魔力の全てでゼシカを回復した。 エイトたちは残された力を振り絞り、敵への攻撃をする。 エイトが斬り、ヤンガスが打ち、ゼシカがとどめをさす。魔物たちは塵となって消えて行った。 それを見届けると、激しい痛みと嘔吐感を耐えていたククールは前のめりに倒れた。 「ククール!!」 叫びながら、ゼシカは倒れ込むククールに駆け寄った。 毒に冒されたその顔は色を失って、額には汗が滲み出ている。 「エイト!どくけし草を…!」 ゼシカの訴えに、エイトは沈痛な面持ちで首を横に振る。 どくけし草はおろか、薬草も、魔力を回復する道具もない、とその顔は物語っていた。魔力を使い果たしたエイトがルーラを唱える事も出来ない。 状況は絶望的だった。そうしている間にも、毒はククールの身体を蝕んでいく。 ゼシカがククールに取りすがる。 「イヤ!イヤよ…。死なないで!ククールゥ…ッ」 大粒の涙がゼシカの頬を伝った。 「ゼシカ、オレの為に泣いてくれるのか」 ククールは苦痛に歪む顔をゼシカに見せまいと笑ってみせた。 その手がゼシカの頬を優しく包む。ゼシカはその手を握り返した。 「ククールを失いたくないの…。ずっと言えなかったけど…好きなの…。」 「ゼシカ…。オレもだよ。」 ククールは嬉しそうに笑った。不思議と穏やかな気持ちだった。 ヤンガスはどうする事も出来ずにククールとゼシカを見守っていた。自分の腑甲斐なさに歯噛みする。 とても見ていられないと後ろを向くと、エイトが何やらゴソゴソと、ズボンのポケットを探っていた。 「ウウ…、兄貴。こんな時に何をしているんでげすか?」 エイトはズボンのポケットからしなびた草を取り出した。 「あ、どくけし草…。」 エイトとヤンガスは顔を見合わせた。 ゼシカとククールを見ると、二人は今や熱烈に口付けを交わしていた。 「ゼシカの姉ちゃん、怒るでげしょうね…。」 エイトとヤンガスの脳裏にゼシカのスーパーハイテンション双竜打ちが鮮やかに浮かぶ。二人の背筋に冷たい汗が伝った。 そして---ふたりはそっと『どくけし草』を処分した。
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黒と静寂が世界を包む頃。 森の中に一際明るく、そして激しく辺りを照らす光があった。 光の破片は天へと昇り、ゆっくりと紺に溶け込む。 パチパチという音に合わせて柔らかく形を変える炎の周りには、野営の準備に勤しむ仲間の姿があった。 馴れた手つきでテントの骨組みを組み立てる青年が言った。 「遅くなってごめんね。どうしても今日中にこの地点までは着きたかったんだ。」 もう片方のテントの方が作業は進んでおり、骨組みに布を被せながらゼシカは言った。 「気にしないで。貴方のこと信頼してるから。」 「兄貴の言うことに間違いはないでがす。」 「あはは、ありがと。ゼシカ、ヤンちゃん」 作業を続けながらエイトはゆっくりと振り返る。 火に照らされながら気持ちよさそうに眠るミーティアと、馬車の中で大きな鼾をかいて眠るト ロデ王を見つめてぽつりと言った。 「…ミーティアと王様にも悪いことしたね。」 「そんなことあの二人は何とも思っちゃいないでがすよ。」 自分用のテントの仕上げに、布と地面を固定する。 きゅっと最後の紐を引っ張り、しっかり引き締まったのを確認すると、ずっと手元にあった視 線を上げてゼシカは言った。 「だいたいエイトは気にしすぎ………… って、あれ? …ククールは?」 てっきり居るものと思ったが、もう片方のテントを組み立てているのはエイトとヤンガスだけ であった。 「サボリじゃないでげすか?」 「明日飯抜きにしてやる」 初めての事ではなく、えらくあっけらかんと言い放つ仲間達。 ゼシカは呆れたように眉を寄せるとため息をついた。 「ちょっと探してくるわね。」 どうせそう遠くは行っていない。 ゼシカは草むらを掻き分け、風の吹く方へと歩いて行く。 生茂った木々の終わりを抜けると足場のよい場所へと出た。 崖状の、辺りの地形が見渡せる場所に、ククールは一人腰を降ろしていた。 「ちょっと、準備サボって何でこんな所にいるのよ?!」 「…見つかったか」 少しも悪怯れない様子で苦笑いをするククール。 真っ直ぐククールの方へ近づくゼシカは、そのまま強制連行するのかと思いきや、その隣にど っかり腰を下ろした。 「…不安、なんでしょ?」 「そういう訳じゃないさ。 ……まあ、そりゃ全く不安はないって言ったら嘘になるけど。」 「うん。きっと、みんな同じ気持ち。 もう、誰が死ぬのも見たくないもの…。」 …海峡の街であった出来事や、遥か雪国であった出来事。 少しの沈黙の間、二人はそれぞれ想いを廻らせた。 「…ねえ、祈ってよ。」 初めにそう切り出したのはゼシカだった。 「はあ?」 「あんた、仮にも僧侶でしょ? だから」 「生憎とオレはあんまりカミサマなんざ信じちゃいないんだがな。」 軽くため息混じりに吐き出す。 「私もよく分からなかったけど……今は、ちょっとだけ、いるんじゃないかって思うわ。 私達が出会ったのも、暗黒神とか何とかを封印しに行くのだって、運命だったんじゃない かって。」 「ゼシカは幸せに育ったんだな。」 ククールのその言葉が皮肉に聞こえ、ゼシカは思わずムッとする。 「神様……か」 いつものふざけた表情とは違い、いつになく真面目な顔で語りだす。 「オレは今までいろんな奴を見てきた。 ―歪んでいる人間ほど、全てを手にして幸せになっていくものさ。 その裏では毎日食ってくのに精一杯な、マトモな人間だっている。 …そんな奴らを見てると、とてもこの世に神様がいるなんて思えないね。」 ククールは一息つき、視線を遠くに移して、言葉を続けた。 「……所詮世界ってのはそんなもんなんだ。 例えば、オレみたいな人間が居なくなったって初めから居なかったかのように、何も変わ らず世界は廻り続けるのさ。」 ゼシカが見てきたものと、ククールの見てきたものは違う。 そしてゼシカはきっと限られた世界の中で、幸せに育ってきたのだろう。 それ故妙に説得力を帯びていた言葉も、やはり最後だけは引っかかった。 「…それ、本気で言ってるの?」 怒鳴りつけてやろうと思った。 ククールとって、ゼシカ達は所詮それだけの存在だったのだ。 一体どれほどの時間を共有したのだろう。 生きてきた時間に比べればほんの短い間だけれど、ゼシカにとって、それは仲間と呼べる関係 になるには十分な時間だった。 そう思っていた。 きっと、エイトやヤンガス、トロデやミーティアも同じ気持ちだろう。 それなのに、ククールにとってはそうではなかったのだ。 居ても居なくとも変わらない存在なんて仲間と呼べるはずはない。 ククールにとって自分達は一体何なのだろう? そう思うと腹が立って仕方がなかった。 「…っ」 しかし、言葉より先に出たのは頬を伝う雫だった。 「………え?」 気付いたククールは目を見開いた。 涙は頬を落ちてスカートを濡らす。 …時々、遠くを見ているような、どこか寂しそうにする眼をゼシカは知っていた。 ククールがふいに何処かへ行ってしまいそうになるような感覚も。 彼の本心に触れた今、己が抱えていた不安の正体を知ってしまったのだ。 一滴落ちてしまえば止まらなくなり、次々に溢れ出す感情の形を、ゼシカは手で抑えることし かできなかった。 いつも気丈なゼシカが泣いていて、そして泣かせたのは自分かもしれない。 自分が何をしたかと必死に頭を廻らせるが、焦りと動揺で上手く思い出せない。 すすり泣く声が一層ククールを追い詰める。 「わ、悪い! 別にゼシカを否定したり、そういうつもりは…」 咄嗟に言葉を紡ぐが、それでもゼシカが泣き止む気配はない。 それどころかククールの声は全く届いてないように思われた。 「た、頼むから、泣き止んでくれ…」 そっとゼシカの髪を撫でる。 女を宥める時の条件反射のようなもので、ゼシカを包もうと腕を伸ばしたその時だった。 「何? どうしたの」 後ろの草陰から姿を現したのはエイトだった。 野営の準備が終わったので二人を探しにきたのだ。 途中ゼシカのすすり泣く声を聞いたのだろうか、少し慌て驚いた様子でククールとゼシカを同 時に見た。 (助かった…) ゼシカの親友であるエイトなら、彼女を任せるには打って付けだろう。 ククールはエイトに助けを求めようとするが、既にエイトはククールのことなど眼中になく、 その視線はある一点に集中していた。 呆然とゼシカを見つめた後、一瞬鋭い視線がククールを襲ったのは気のせいだったか にこやかな表情で問い掛けた。 「……ククール? ゼシカに何したの?」 そう聞くも、どうやら自身の中では確かな答えを出しているようだ。 表情とは裏腹に紫のオーラと殺気が身を纏う。 クールは生命の危険を感じた。 (ぜってー何か誤解してる!) 「いや、オレは何も…」 ゼシカに弁護を頼もうと見やるも、溢れる涙を手で拭うので精一杯で、全く状況を把握できて いなかった。 「…嫌がるゼシカに無理矢理一体何をしたの?」 「だから何もしてねえって!」 「女の子にムリヤリ手を出すなんて最低だよ!!」 エイトの抜いた剣が光り輝く。 天に掲げた剣から鋭い閃光が駆け抜けた。 「いや~、そんなことだろうと思ったんだよね。いくら節操無しのククールでも仲間を無理矢 理、なんてさ。」 テントの中で、治療を終えた青年が呑気な声をあげた。 「お前…、人を殺しかけといてよくぬけぬけと…」 実際、ゼシカがあと一歩のところでエイトを止めてくれていなかったら今ごろククールは 棺桶の中だっただろう。 もしもゼシカがいなかったら……想像しただけで背筋が凍った。 「ベホマかけてやったんだからいいじゃん」 「そうでがす。プラマイゼロでがす。」 「お前らね」 死ななかったからよかったものの、やはり何だか腑に落ちない。 「…クソ。 馬姫さんに言いつけてやる。」 「姫はクックルのアホの言うことなんて信じませんー」 意地悪く吐いた後、取って代わって少し真面目な顔つきでエイトは言葉を続けた。 「それに、ゼシカを泣かせたのは本当なんだろ? 早く行ってきなよ。 …ゼシカには、今日の見張りは僕達でするからゆっくり休んでって言っておいたから。」 「まったく女を泣かせるなんて最低でがす!」 「そうは言っても心当たりないんだがな…」 首の後ろを掻きながら考えるが、やはり心当たりはない。 ククールにとってあの言葉はそれほど深い意味はなかったのだ。 「ククールってさ、結構鈍感だよね。」 「うわー、お前には言われたくねー…」 「とにかくさ、何があったかは知らないけど、当たって砕けてきなよ」 「砕けてはこねえよ」 「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くでがす」 「言われなくても行くよ、馬鹿」 仲間に促されてククールは重い足取りでテントを出た。 (まあ女を泣かせたままにするのも男が廃る) 焚火跡を挟んで対極側にもう一つ小さなテントがある。 ククールは近づき、テント越しに話し掛けた。 「…あー…あー…、なんだかよく分からんが一応謝っておく、悪かった。」 「………。」 灯りは点いていなかったが、確かにゼシカが起きている気配はあった。 ククールは多少気不味さを感じながらも、静かにゼシカの言葉を待った。 「…本気でそう思ってるの?」 そう話すゼシカの声は、至って落ち着いた、少し低い声色だった。 「…………あ?」 「さっきの、続き。 …あんたが昔どんなだったかは知らない。 だけど、今も、私たちと一緒に旅をするようになった今だって、あんたは自分が居なくて も、私たちが心配…………か、悲しまないとか、思ってるの? 何も変わらないって、 そう思ってるの?」 「………。」 「ふざけないでよ。 ……あんただって死なせない。絶対全員生きて帰るんだから。」 ゼシカの一言一言が深く響く。 「あんたにとって私たちって何なの。仲間じゃ…ないの?」 テント越しに、言葉を交わす。 お互い顔は見えなかった。 「…なんとか言いなさいよ。」 「……『私達』なんだ? 『私』じゃなくて?」 低く、静かにククールは言った。 笑いを含んだその言葉には、少しだけいつもの調子が戻っていた。 「『私も、みんな』、よ!」 「そっか。…ゼシカはオレに居てほしいんだ?」 「だから『私やみんな』だってば!」 茶化した風に言う言葉の裏で、必要とされることが嬉しいことだったと、ククールは初めて知 った気がした。 「…ゼシカ。出て来いよ。」 「嫌よ。寒いから。あんたが入ってきなさいよ。」 「そんなこと言っちゃっていいの? オレ、男だぜ?」 「変なことしたら大声でエイトとヤンガス呼ぶからいいわよ。 ギガスラッシュと烈風獣神斬で今度こそ棺桶行きね。」 「…冗談だよ」 テントの出入り口である布を軽く捲り上げると、ククールは中を覗き込んだ。 そのすぐ傍に居たゼシカもククールを見上げる。 そんなに時間が経ってるわけではないのに、お互い顔を見るのはひどく久しぶりな気がした。 「元気そうな顔見て、安心した。」 ククールが本当に安心したように柔らかく微笑むものだから思わず吹き出してしまう。 「ふ。何よ、それ。」 そう言って、つられたように微笑むゼシカの顔は、すっかりいつもの顔だった。 自分の中にくすぐったい気持ちを感じながらククールはそっと自分の方へゼシカを抱き寄せた。 何とはなしに、いつもの不真面目なククールとは違う気がした。 そして、今のククールが本当の姿のような気がしたから、ゼシカもまた、振りほどけないでいた。 ただただ自分の顔が染まっていくのを感じていた。 捲れた布の隙間から、そよそよと心地よい外気が流れる。 それはククールの背中越しに、ゼシカの前髪を小さく揺らした。 ククールは俯けた頭を、そのままゼシカの肩に軽く乗せた。 「ゼシカに会えて、よかった。」 肩に置いた頭を持ち上げて、額に持っていき、そっと唇を置く。 柔らかく、暖かい感触がゼシカに伝わった。 「あ、あんたねえっ 調子に乗りすぎよ!」 顔を真っ赤にしたゼシカはククールを振り払うと、拗ねたように背中を向けた。 サイテー、信じらんない、とぶつぶつ怒るゼシカに、ククールは目を細めて愛しそうに微笑んだ。 ――かつて、世界は閉じられていた。 欲しいものは手に入らなくって、いつだって、手を伸ばしても遠ざかっていくだけで。 仲間を仲間だと思っていない訳ではなかった。 実際、救われた部分も沢山あることを自覚している。 一緒に旅をするようになって新しく見えてきたものだって数え切れないほどある。 ただ、何度呼んだって、振り返ることのない背中を知ってるから。 苦しい感情から逃げ出したくて、何も求めず生きようとした時期もあったから。 なかなかそういったことを現在と結び付けられずにいたのだ。 (けど、そうだな、今は――) 「ゼシカ」 「なによ?」 不機嫌そうに眉を上げて。それでも振り返ってくれる君がいるから。 「また明日、おやすみ」 捨てたものじゃないな、と、ククールはそう思った。 「……おやすみ」 ゼシカは捲り上げた布の合間から、去って行くククールの姿を見つめて言った。 ククールがテントに戻ったのを確認すると、緊張の糸が切れたように体重全てを預けてころん と横になった。 まだ、顔が暖かい。 (眠れるかな……) 「…合意ならいいんだよ、僕は。別に。」 テントに戻ったククールが、目を逸らしながら何処か詰まらなそうに言うエイトと、ニヤニヤ しているヤンガスに、動揺と気恥ずかしさを覚えたのはゼシカが知らない話。
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嫌な夢を、見た。 ここ……煉獄島に送り込まれて間もない頃に。 黒犬を倒した後の、あまりに理不尽なこの展開。 法皇の館からここまでの一連の筋書きを作ったのは、他ならぬ兄。 極度の混乱によって暫くの間は眠ることすらできず、半ば倒れるような状態で眠りに陥った時の夢だった。 緊張の糸が切れたように傍らで倒れてしまった法皇様。 悦に入った表情で一瞥をよこした兄。 混乱の中で放置してきてしまった、あの杖。 それらの衝撃的な記憶がもたらした悪夢だとばかり思っていた。 あまりに凄惨な図だったために、口に出すこと自体が憚られた。 そんな夢を見てしまったことで底なしの罪悪感に苛まれていた。 (杖を聖地に近づけてはならぬ……。決して、聖地には……!!) ククールの夢に現れ悲痛な叫びを残した法皇の胸には、ぽっかりと穴が空いていたのだ。 地上の大ニュースが、日々繰り返される看守交代の折に煉獄島へともたらされた。 法皇が亡くなったと看守は言った。しかもひと月ほど前のことだと言う。 そのニュースに牢内も一時騒然となり、それが収まった頃に囚人の一人である修道僧が、震えながら小さな声で絞り出すように語った。 「そう。あれはちょうどひと月前。法皇様が夢枕に立ち、私にこう告げたのです。杖を聖地に近づけてはならぬ……と。胸に何かを突き刺されたような、大きな穴の空いた、おいたわしいお姿でした」 ガチャッ!!と、派手な金属音が牢内に響いた。 床に腰を下ろしていたククールが修道僧の側に向き直った際に、その勢いのあまりに装備していた剣がたてた音だった。 ククールの顔は驚愕で歪み、その瞳は修道僧を凝視していた。 その様子を見て、近くにいた全員がククールに注目する。 「あんた……法皇様に会ったことがあるのか?杖って何だ!?」 「い、いえ!お目にかかったことはありませんし、杖も分かりません」 尋常ならざるククールの迫力に、修道僧はたじろぎなからも言葉を続けた。 「ですが不思議なことに、夢に出た方が法皇様だということだけは確信が持てたのです」 ククールと他の面々の視線が、今度は修道僧に向けられる。 「そして、法皇様をあのようなお姿で夢に見てしまった自分は何と罰当たりなのだろうと思い、あの日以来懺悔をしておりました」 そう言うと修道僧は俯き、十字を切ってから祈りを捧げ始めた。 ククールは修道僧の姿を凝視したまま、しばらくの間凍りついたように動かなかった。 そしてようやく開かれたその口から出された言葉は、それを耳にした者全員を凍りつかせることとなる。 「オレも、あんたと同じ夢を見た……」 静まり返った中、ククールは沈痛な面持ちで語り始めた。 「多分、法皇様はその姿で亡くなったんだ。そして最後の力で世界中の僧侶の心に呼び掛けたんだろう」 全員が固唾を呑んでククールの話に耳を傾ける。 「……あの杖のことを。しっかし、滑稽なもんだよな」 ククールは立ち上がり、かぶりを振って苦笑した。 傍目には苦笑に映るククールの表情を見た仲間たちは愕然とする。 いつもの彼のそれとは違う、その奥に見え隠れするやり場のない怒りや絶望……。 それらが綯い交ぜになった、凄絶としか言いようのないものを垣間見てしまったからだ。 「あのじいさまが法皇様でなけりゃ……。お告げを受け取ったのが僧侶でなけりゃ……。最後の最後で、法皇様が生涯を捧げて教えを説いた信仰ってやつが邪魔しやがったのさ……」 寄せられる視線から逃れるようにククールは皆に背を向けると、その胸中に溜まっていたものを一気に吐き出した。 「たった今真実を知らされるまで!誰もお告げだと気付こうともしなかったんだ!あんたも!オレも!!」 そして振り上げた左手の拳を壁に打ちつけた。何度も、何度も。 「何が懺悔だ!?笑わせんじゃねえよ!それで悪戯にひと月も無駄に……ちくしょう……!!」 「もういいから!やめてよっ!!」 壁に打ちつけ続けられるククールの左手を、ゼシカは駆け寄って後ろから両手で掴み制止しようとした。 しかしククールの手加減無しの腕力を華奢なゼシカが受け止められるはずもなく、最後の一回はゼシカの手もろとも壁に打ちつけられることとなってしまった。 「痛…っ」 自らの左腕にしがみついたまま眉間に皺を寄せるゼシカを見て、ククールはようやく恐慌から抜け出す。 「…ゼシカ……」 「ククールもこの人も悪くないわ。悪くない……」 ククールの左腕から力が抜けてゆくのを感じたゼシカは、拳を労るように両手で包み込んでから話を続けた。 「誰だってそんな夢を見たら胸の内に留めるわよ。だから、そんなに自分を責めないで」 「…………」 しばらく時間をおいた後、ゼシカは未だ呆然と立ち尽くすククールの顔を覗き込む。 「ね?」 ゼシカと目が合ってしまったククールはバツが悪そうに目を逸らし、今の騒動でゼシカの手にできてしまった擦り傷に、泳がせた視線を落とした。 「……すまない」 ククールはぽつりと一言呟いてから、半ば条件反射的にゼシカの手の傷にホイミを施す。 「ありがとう……」 ゼシカはククールが平静を取り戻しつつあることを認め、微笑みを返した。 再び床に腰を下ろしたククールは、微動だにせず自らの足許に視線を落としていた。 ゼシカはそのすぐ隣に腰を下ろし、静かにククールを見守っていた。 そんな状態でどのくらいの時間が経っただろうか。 ククールがぽつりと呟いた。 「……だらしねぇなあ、あいつ」 「ん?」 ゼシカは小さく一言だけを返した。 ちゃんと聞いているからね、というサインだった。 「マルチェロの奴、まんまと暗黒神に乗っ取られやがって。ざまぁねぇや。…………ほんと…頭くるね。マルチェロも、ラプソーンもさ。ほんとに……」 ククールはゆっくりと一言一言を噛み締めるように呟いた。 ゼシカはその言葉を聞いて、改めてククールの抱える苦悩の大きさを思い知らされる。 そうだった。 自分たちは杖……ラプソーンの動向だけを案じていたが、ククールにはそれに加えてマルチェロのこともあったのだ。 そして法皇様の死も、自分たちとは違った辛さがあるのだろう。法皇様の死……。 (あれ……?) ゼシカはひとつの疑問に突き当たった。 「ねえ、あれからひと月過ぎてるのに、大ニュースが法皇様の訃報だけって変じゃない?」 「……何で?」 「法皇様が亡くなったってことは、最後の封印を継ぐ賢者の末裔も死んじゃったわけで、それで杖の封印は全て解けたってことでしょ?でも暗黒神が現れたっていうニュースは無い」 「そう…だな……」 ゼシカの言葉の勢いに思考が追い付かないのか、ククールの返答はゆっくりとしたものだった。 「あの時は法皇様が倒れられてしまったから、しばらくの間は誰も杖に触らなかったんでしょうね。だけど、その後ずっと部屋に放っておかれたとも思えないの」 「…………」 「でね。私も杖を拾ったのはマルチェロだと思ってる」 ゼシカの耳が微かな金属音を捉える。 マルチェロの名を聞いて、ククールが身じろぎをしたようだった。 「……それが館の警護を任された聖堂騎士団長の仕事でしょうからね」 「よりによって……だよな」 ククールの声音には絶望的な響きが含まれていた。 それを聞いたゼシカは首を横に振る。 緋の髪が大きくなびいているのが、ゼシカに視線を向けずともククールには認められた。 「ううん。不幸中の幸いだわ」 その言い様に驚いて顔を上げたククールは、ゼシカの瞳に宿る強い光に貫かれた。不覚にも背筋に衝撃が走る。 「今確実に言えることは、私たちにはチャンスが残されてるってことよ」 「チャンスったってなぁ……。ここからじゃ何も」 「うん。まずはここから逃げ出さないとね」 ゼシカは大きくため息をついた。 世情を冷静に判断して微かな希望の光を見出したゼシカも、こと脱走に関しては良策が浮かんでいないようだった。 「それにあのマルチェロだしな。どうせロクなこと考えてねえぜ」 ゼシカは苦笑する。 「相変わらずな言い方ね。まぁ分からないでもないけど。でも、今に限ってはマルチェロに感謝してるわ、私」 「感謝だって?」 途端にククールの顔に不機嫌の色が現れた。 言うに事欠いてマルチェロに感謝とはどういうことだ?しかも直前の言い分と矛盾してはいないか? 「マルチェロが何を考えているかなんて私には分からない。だけど今、マルチェロは確実に杖の要求を抑え込んでくれてる。他の人だったら多分できないわ。そのことに感謝してるの」 「……そうか」 「それがどれだけ大変なことか、私には分かるわ。私の時は、サザンビークに戻った日の晩から杖の望む行動をさせられたんだもの」 ビクッ、と、ククールが身を強張らせた。 ククールの脳裏に、リブルアーチでの出来事が鮮明に甦る。 二度と思い出したくもない、ゼシカと刃を交えたあの悪夢のような出来事。 それを今度は兄で経験することになるのか? 考えたくはなかったが、その可能性は極めて高い。 そして、ゼシカの時とは決定的に違うことが二つあった。 ハワードの結界が無いことと、杖の封印が完全に解け、その魔力が格段に上がっていることだ。 それが意味すること……それで可能性が上がってしまうことは……。 押し黙ってしまったククールを見たゼシカの表情が、にわかにかき曇った。 ゼシカの目に映ったククールは、普段の彼からは全く想像もつかない、不安や恐怖に苛まれ、それを隠すこともままならない姿だったからだ。 「……これからのことを考えると、辛いわよね」 ゼシカは立ち上がり、スカートの裾についた土埃を払った。 「でも、ククールは私の何倍も辛いんだと思う」 そしてククールの背後に歩み寄る。 「私はククールみたいにホイミはできないけど……」 ゼシカは両腕を広げると腰を屈め、後ろからククールをそっと抱きしめた。 「……ゼシカ?」 「こうすると、辛い思いを和らげられることは知ってるわ」 そしてククールを抱きしめたまま、ゼシカはゆっくりと立て膝の姿勢に変えた。 「子供の頃、恐い夢を見て眠れなくなった時にこうしてもらったの」 まぁ、子供を抱く時とは姿勢が違うけどね、と、照れくさそうにゼシカは付け加える。 予想外のゼシカの行動に驚いていたククールだったが、やがて強張っていた表情を緩ませ、目を伏せると身体の力を抜き、背中を軽くゼシカに預けた。 徐々にその背中にゼシカの温もりが伝わってくる。そして、鼓動や息づかいも。 「こうしてると安心できるでしょ?一人じゃないって……」 そう言いながらゼシカは、額をククールの後頭部にコツンとあてた。 「全部一人で抱え込もうとしないで。さっきも今も……心が悲鳴を上げてたわ」 抱きしめる両腕に少し力が入る。 「話せば楽になることもあるし、何かいい考えが浮かぶかもしれないし」 ゼシカの言葉はそこで途切れ、静寂が二人の周囲を支配した。 あの日……初めてマルチェロに会った日以来、ククールは無意識のうちに他人に救いを求めることを避けるようになってしまっていた。 最初から救いを求めなければ、それをはね返されて心に傷を負う苦痛を味わうこともない。 そんな、哀しいまでの自己防衛の手段だった。 マルチェロのことをこぼした時も、傍に居たゼシカのみならず、誰の返答をも期待していたわけではなかった。 言葉を口に含むことで自分自身に無理矢理納得をさせる、独り言の延長線上のようなもののつもりだった。 しかし、ゼシカはそれを心の悲鳴だと言った。 ゼシカの返してきた言葉は、ククールの想像の範疇を越えていた。 決して絵空事ではない解釈をもってして、それまでがんじがらめになっていたククールの心を、いとも簡単に解きほぐしてくれたのだ。 そして両の手を大きく広げて、負の感情が放つ棘から心を守るように包み込んでくれた。 それは久しく存在を忘れていた、心の片隅に残る遠い過去の記憶と重なるもの……。 これからやらねばならないことを考えると、そのあまりの恐ろしさに身も心も押し潰されそうになる。 しかしゼシカとのやり取りを経て、彼女の言う通りに幾分かはそれも和らいだ感じがした。 マルチェロが暗黒神ではなくマルチェロのまま対峙することになれば、その先に光明を見出すことも叶わぬ夢ではないように思えてきた。 ゼシカの胸に背を預け目を伏せたままのククールの顔に、いつの間にか微笑が浮かんでいた。 それはまるで母の膝の上で微睡む幼子のように、安らぎに満たされたものだった。 ふっ、と、ゼシカの腕から力が抜け、ククールの胸前で組まれていたその手が解かれた。 ゆっくりと背後に戻されようとするゼシカの手を、ククールは名残惜しそうに手を伸ばし、眼前で捕らえる。 見るとその手の甲には、僅かばかりの擦り傷の跡が残っていた。 いずれ跡形もなく消えるであろうそれは、ゼシカから差しのべられた紛うことなき救いの証……。 その傷跡に、ククールは気付かぬうちに口づけをしていた。 一瞬の後、自身の行動に戸惑いながら握る手の力を緩め、背後に去り行くゼシカの手をククールはこの言葉で見送った。 「……ありがとう」 「どういたしまして」 ほんの小さな声で短く交わされた、互いの言葉の内に宿るものの大きさは、計り知れなかった。 ~ 終 ~
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4人で暇つぶしに始めたポーカーは、ククールの全戦連勝。すでに夜も深い。エイトとヤンガスは もう寝ると言って部屋に引き上げてしまった。残ったのは、負けず嫌いのお嬢様と煩悩まみれの僧侶。 「…ゼシカ、お誘いは嬉しいけどオレも正直眠い」 「ダメよ、あと一回!あと一回だけつきあいなさい!さっきはいいところまでいったもの、次はいけるわ」 辟易していたククールの顔に、ふいに浮かぶ悪巧みのほほえみ。 「…いいぜ、じゃああと一回だけ。そのかわり、次でゼシカが勝てなかったら、罰ゲームな」 一瞬きょとんとしたゼシカの顔がわずかに赤らみ、キツくククールをにらみつける。 「…………イヤらしいこと考えてるなら燃やすわよ」 「バカだな、紳士は女性の弱味につけこんで手を出すなんて真似しねぇの。単純にその方が楽しいだろ? 罰は…そうだな。じゃあ、”指文字当て”で」 「なに、それ?」 「手の平とか、…背中とか?見えないところに指で文字書いて、なんて書いてるか当てるのさ」 「ふぅん。………別にいいけど、そんなのが罰ゲームになるの?」 「やってみりゃよくわかる」 「で、なんでククールがそんなに嬉しそうなのよ」 「やってみりゃ、よーくわかるよ」 怪訝そうなゼシカに、こみあげる笑いをおさえつつ、ククールはサラリとそう言った。 ククールはソファに腰掛け、長い足を組んで上半身だけを横に向けた。 そこには、ククールに背中を向けてソファの上に乗っているゼシカ。 準備は万端。そう、もちろん最後の勝負に勝ったのはククールだった。イカサマしたかどうかは このさいどうでもいい。目の前には、最高にいい女の剥き出しの背中が無防備にさらけ出されている。 その肌を目を細めて眺めていると、沈黙に耐えかねたのかゼシカがこちらを小さく振り返った。 怒ったような困ったような表情で、無言でククールを見ている。 この状況で、そんな目で、男を見ない方がいいぜ、お嬢さん。内心で苦笑しながら、 ククールは左手の手袋を口でくわえて、わざとゆっくりと外していく。ゼシカはそれをじっと見ている。 「……じゃ、やるぜ?ゼシカ」 「…………もったいつけてないで早くしなさいよ」 明らかに不安を帯びた声音とは裏腹な強気なお誘いに、ククールは小さく吹き出す。 身を乗り出したククールを見てゼシカは慌てて前に向き直ると、無意識に全身を思い切り強張らせた。 はじめは大胆にではなく、羽根のようにそっと指を辿らせる。 きめ細やかですべらかな肌。日に晒されながらも白く美しい背中。なんの警戒心もなく目の前に 差し出されている、そのうなじや、華奢な肩に、ツインテールの後れ毛。 いつも自分の目の前にありながら、触れたことなどほとんどなかった。 文字なんか書いちゃいない。時折ピクリと反応する背中を愛おしく思いながら、その感触を確かめる。 「………わかった?」 「………わかんない」 深夜の部屋に、男と女が2人きり。聞こえるのはもう何度繰り返されたかわからない囁くような問答と、 小さな息づかいだけ。お互い口にはしないものの、明らかに昼間の自分達とは違う濃密な空気に、 ゼシカは戸惑い、ククールは酔っていた。 姿勢を正して座っていられなくて、ゼシカはいつのまにか少しだけ前のめりになり、 手許のクッションをギュッと握っている。背中がくすぐったくて、熱い。ククールの長い指が 自分の背中を這い回っていると思うと、気持ち悪い…のに。気持ち悪いだけじゃない気が、する…。 ゼシカは意を決して声をあげた。 「く、ククール。………もう、やめましょ」 「……なんで?ゼシカまだ当ててないじゃん」 「だ、だからって。こんなのキリがないわ。罰ゲームだっていうなら、他のものにしていいから… ………これ以上、これは、続けたくない」 「………………………ふぅん」 不満気なククールの呟きにゼシカが背中を向けたまま硬直していると、離れていたククールの指が 再び背中に触れてビクッとしてしまう。指先だけじゃない、手の平全体で触れている。 「じゃあ…………。…………今から書くの、全身全霊で、感じて、当てて」 「え…?」 指が、ことさらにゆっくりとゼシカの背中をすべった。しっかりと意味をもつ言葉をつづりながら。 ゼシカは目を見開いた。ククールは、書き終わると無言のまま返答を待っている。 ゼシカの顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか?耳も、背中も、ほんのりと染まっている。 「……………………………………………………わかんない」 長い沈黙の末に、ゼシカはそう答えた。 それを聞いたククールは、心底楽しそうにクックッと笑いながら指を離した。 ゼシカは顔どころか全身を赤く染めてうつむいている。 2人の特別な夜もお開きに近づき、ゼシカがようやく肩の力を抜いてため息をついた時。 「…………!!!!!」 最後の戯れとばかりにゼシカの背中に口づけを落としたククールが、背後で囁いた。 「………今のは、わかる?」 「………………………ッッ、~~~~~バカッッッッ!!!!!!!」
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ゼシカが珍しく風邪をひいた。しかもかなりひどい風邪だ。もちろん命に別状はないが、高い熱がなかなか引かず食べられないので体力消耗が激しい。ゼシカのベッドの周りに心配そうに集まるエイト、ヤンガス、トロデ王。ひたいの濡れたタオルをこまめに変え、汗をふいて、水を飲ませれば、もうしてやれることはない。薬を飲めば少なくとも熱の苦しさは減るのだが、そのためには何か食べなくてはならない。しかし何か食べられる?と聞いても、ゼシカは力なく首をふる。トロデが、食欲がなくても多少なり食べないと回復が遅れるばかりじゃぞ、と諭しても、ゼシカはどこか子供のように顔をしかめてふるふると首を振るばかり。仲間達はため息をついた。「――――ゼシカ」突然開かれたドアと共に飛び込んできたその声に、ゼシカはうっすらと目を開けた。持ってきた荷物を下ろして、ククールはゼシカのベッドに腰掛ける。「どうだ?なんか食べたか?」ゼシカだけでなく同時に仲間達にも向けられた問い。しかしわずかに顔をそむけたゼシカと苦笑を浮かべる仲間の反応に、ククールはまったく、と呟く。「食いたくねぇのはわかるけど、そのままじゃ しんどくてちゃんと寝ることもできねぇだろ。 せめて薬飲んで熱下げないと」「…ら、ない」「そんなしっかり食べなくていいんだよ。おかゆか何かもらってきてやるから、ちょっとだけでも食べて」頬に手の平を当てて熱さを確かめながら、な?と首をかしげる。ゼシカは不満そうに眉をひそめるものの、黙ってククールを見つめている。「それとも何かリクエストあるか?」汗ばむ額にかかる前髪をそっと後ろに流してやりながら訊くと、しばらくもぞもぞと落ち着かなげにしていたが、やがてかすれた声で答えた。「――――ククー…ルの、…お芋の…甘いの…」一瞬なんのことかわからなくてえ?と聞き返すと、「前、に、作ってくれたの…甘いの…あれが、食べたい」ククールは あぁ、と頷いた。以前野宿の途中に、さつまいもを練乳でやわらかく煮込んだ簡単なおやつを作ったことがある。修道院時代に、幼い修道士たちに何度か作ってやったりした。ゼシカはそれをひどくお気に召して、とってもおいしいこれ大好きありがとうククール!と無邪気に笑ってくれて、ひまつぶしに作っただけだがしてよかった、と思った記憶がある。あんなもんでいいならいくらでも作ってやるよと、ククールは厨房を借りようと立ち上がった。しかし。「………ゼシカ?」ゼシカの手がククールの服の裾をつかんでいる。ハッとしたゼシカはすぐにその手を放したが、表情は何か言いたくてたまらない様子だ。しばらく待っていたが何も言い出さないので、ククールはもう一度ベッドに座り直す。「どした?」伸ばされた手を握ってやる。ゼシカは何度も目線を合わせたりそらせたりしながら、しばらくしてようやく小さな小さな声で囁くように言った。「―――……いっちゃうの?」すがるような弱弱しい視線に、ククールは一瞬目を見開いて、それからクスリと笑った。病気の人間はとかく甘えたで寂しがりと相場は決まっている。「行かないと作れねぇだろ?どうしてほしいんだよ」おかしそうに笑うククールに、ゼシカはうぅ、と唸り、だって、と言い訳するがあとが続かない。「2、30分もあればできるよ。それとも待ってられない?ゼシカがそう言うならオレはここにいるけど」意地悪なフリをした、本当は慈しみと愛しさに満ちた声音。ククールが顔を覗き込むとゼシカは少し躊躇したのち、不満いっぱいの顔で、まってる、とぼそり。よしよしいい子いい子とからかうように頭をなでると、ゼシカは口唇をとがらせ、「……でも…すぐかえってきてよ」「ちゃんといい子でおねんねしてたらな」恨めしそうなゼシカの目線に、ククールは静かな笑みを浮かべた。そっと手を離して立ち上がるとまた寂しげに見上げてくる潤んだ瞳に、捕えられ、そらせず、ククールは苦笑した。シーツに手を付いて身をかがめ、彼女に至近距離で顔を近づける。「…口唇でいい?」その意味を読み取って、ゼシカは頬を赤くする。「…いいわけないでしょ…」「そう?してほしそうに見えたんだけど。…じゃあ、まぁ」こっちで。そう囁きつつ、ちゅっ、と音をたてておでこに落とされるキス。ゼシカは呆れたように赤面しながらもどこか安心したように身体の力を抜いて、去っていくククールを見送った。ククールが部屋を出て行ったあと、ゼシカは再びふっと目を閉じた。しかし彼のせいなのかどうかわからないがかなり喉の渇きを覚えたので、首をめぐらせて水を探す。すると視界のすみから腕が伸びて、エイトが水差しからコップに水を注いでくれた。ゼシカは内心ギョッとする。今の今まで、部屋の中にエイト達がいたことを忘れていたのだ。「水飲む?あ、起き上がるのつらい?よければ吸水もらってくるけど」「あ、…うん、…だ、大丈夫」平静を装い笑って手を振る。起き上がれないほどではない。時間をかけて身体を起こし、ベッドの背にもたれてコップを受け取った。顔が熱い。冷たすぎない水がおいしい。「あとで、もう一つ部屋とれないか聞いてくるよ。多分その方が、治り早いよね?」しばらくしてエイトがにっこり笑ってそう言った。きょとんとしたが、徐々に言葉に隠された含みを読み取って、ゼシカはさらに顔を蒸気させる。(あいつ…、わかってたくせに!バカッ!)今さら、ついさっき仲間達の前で、2人して何をしていたか思い出して腹が立つ。ハメられたような気がして悔しい。にこにこ笑っているエイトに「ここで大丈夫だよ」とぼそぼそ呟いて、もそもそと布団に潜り込んだ。ちがうのに。いつもは私あんなじゃないのに。風邪で弱ってるから心細いだけよ。そばにいてほしいだけ。それだけよ。心の中でひたすら言い訳していると、余裕いっぱいのククールの顔が思い浮かぶ。そして唐突に、やっぱり寂しい と自覚する。ゼシカはポツリと小さく彼の名を呼んで、目を閉じた。15④sage2009/04/22(水) 00 48 28 ID 2XTK2dRe0頭を撫でられている、と思ううちに徐々に意識が上昇し、ふいにパチリと目を開いた。ゼシカの視線にまず天井が映り、すぐにベッドに座って自分のひたいに手を当てているククールの顔を見つける。「…クク…」「まだ寝てていいぜ」いつのまにか寝てたんだ、と思い、ふとただよう甘い匂いに気づく。「………つくってくれた?」「あぁ。食べるか?」こくんと頷く。「起きれるか?」ククールは皿を手にとってゼシカを振り向く。そう聞かれ、なぜかゼシカの頬がほんのりピンクに染まった。ククールが ?と小首を傾げると、ゼシカは彼をじっと見ながら、枕の上で小さく頭を横に振った。吐息だけで口唇が「むり」と告げる。ククールは一瞬 虚をつかれ、それから優しく笑った。とろりとした中身をスプーンでよそって、横になったままのゼシカの口元に近づける。「まだあったかいぜ。ちょっとずつでいいからな」ゼシカは上目づかいにククールを見つめながら、戸惑ったような表情でそれを口にくわえた。少し咀嚼して、ゆっくりと飲み込む。「…おいし…」花がほころぶような笑顔に、ククールも微笑む。ゼシカの表情はたちまち弛緩し、もっと、と素直に甘えた声を出した。はいはい、と答えながら差し出すスプーンをゼシカが躊躇なくパクリとくわえるのに、愛しくも笑いがこみあげる。「皿ごと喰うなよ?」「…そんなことしないもん」クックッと笑われて、ブスッとするゼシカ。それでも、少しずつ皿の中身を胃に入れていく。ククールはそんなゼシカが、心底から可愛くて仕方ないと思った。実は、ゼシカのリクエスト料理を作って部屋に戻る途中、ククールはエイト達と廊下で出会っていた。「僕たちちょっと宿のご主人に部屋のこと聞いてくるね。もし一人部屋でも空いてたらぼくとヤンガスはそっちに移るから、君たちはこのままあそこを使って。トロデ王にはそろそろ姫様のところに戻っていただくし」「ゼシカは?」「大丈夫だよ。自分で起き上がって水飲んでたし、今はそこまで辛くないみたいだ」「起きてた?自分で?そうか…よかった」「今少し寝ちゃったみたい。何かあったら呼んで」「あぁ、サンキュ」仲間のさりげない気遣いに感謝する。…ぶっちゃけオレ達と同じ部屋にいたくなかったのかもしれないが。仕方ない。ゼシカが素直に甘えてくるものだから。しかも犯罪的に可愛く、しかも自覚なしで。今のうちに可愛いゼシカをとくと堪能しておこうと考えてしまうのは、男として当然だ。しかし彼女が自分で起き上がったと聞いて、安堵すると共に心のどこかで期待していた「はい、あ~ん」はできないのか、といささか残念に思ったのも事実。だから。ゼシカが隠し事をしている時のバレバレな表情で首を振り「起きられないから、食べさせて」と意志表示したときは、なんというか猛烈に、言葉にしようのない愛しさを感じた。皿なんか放り投げていきなりキスしたいくらいに可愛かった。しかし、ちゃんと踏みとどまる。ゼシカの可愛すぎる「うそ」に、気づかないふりをしてあげる。ゼシカは3分の2くらいを食べ終えると、ごめんね、もういい、と言った。頭を撫でてよく食べられました、とからかうと、もう、と不満をもらすが笑ってそれをかわして荷物の中から薬を取り出す。「じゃあ最後にこれ飲んで、ちゃんと寝ような」「…にがいの?」「甘いよ」「あまい?」ゼシカは怪訝な目で彼を見上げた。ニッと笑ったククールが皿の中で何かをしていると思ったら、スプーンでそれをすくって自分の口に運んだ。そして突然ゼシカに顔を近づける。「―――や、ちょ…んぅ…」抵抗する間もなく口唇をふさがれた。薄く開いた口唇の間にあたたかいものが入り込んでくる。甘い、甘い、甘いもの。ゼシカは無意識にそれを飲み込み、引き続き口内で優しく動いている彼の舌にされるがままになっていた。(…あまい)甘いおやつより、もっともっと甘い。しだいにゼシカも自分の舌をククールの口内に忍び込ませ、その甘さを味わうことに没頭する。息を紡ぐのが難しくなるくらいに口唇をはみ舌をからめて、やっとそれを解いた時には、熱のせいなのか、薬のせいなのか、ククールのせいなのか、ゼシカの瞳はとろんと溶けていた。「……おいしかった?」「うん…」「オレも」「…………。…………り」「え?」「……おかわり」ククールは目を丸くし、息をとめた。いつもの強気など微塵も感じさせないゼシカのすがるような瞳が、ククールの次の行動を待っている。引力のように引き寄せられながら、再びククールの顔がゆっくり下降していく。「――――――お前、カワイイにもほどがあんだろ……」“おかわり”する直前に抗議のように呟くものの、しかしその威力に逆らえるはずもないのであった。
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*ここはドニ。ゼシカがククールの仲間、もしくはそれ以上の存在であることは住人のほとんどが知っている。めったなことはないと思うが、日付も変わろうというこの時間、あの薄着で真夜中の町をフラついている彼女の姿を思い浮かべただけで、じっとしてはいられなかった。ククールは宿を出て酒場に向かった。足取りは重いが、このままゼシカを見つけずに宿に戻る気はない。「おばちゃん」店の前に、幼いころからククールを可愛がってくれた馴染みの女店主を見つけた。恰幅の良い姿はそのまま世話好きのおばちゃんという感じで、ククールも昔から随分と甘えてきた。「おや、ククールぼっちゃん」「…だから坊ちゃんはやめてくれって」思わず苦い顔をすると、彼女――リンデは、満面の笑みを浮かべる。「おっと悪かったね。女の子を泣かせる立派なプレイボーイに、ぼっちゃんはなかったかい」「……ゼシカに会ったのか?」女性特有の、笑顔と言葉の裏にあるトゲに勘付き、ククールは聞いた。リンデはさっと表情を改め、じっとククールを見つめてから、「ククール。…あの子はあんたの、恋人かい?」確かめるように聞き返した。頭の中ではそうだと言っているのだが、すぐに肯定の言葉が告げず、ククールは押し黙る。自分にとっては、そうだ。でも、アイツにとっては、もしかしたら、もう…。余計な考えを振り切るように一度首を振ってから、ククールはそうだ、と答えた。リンデは長い間ククールをじっと見つめて、苦しげに目を伏せ、息をついた。「……あんたは本当に、色々と背負い込む子だねぇ」「え?」「あんたはあんたで色々大変なんだろう、わたしには詳しくはわからないけど。…今度就任する新法皇の名がマルチェロだって聞いた時は、驚いたよ。あれは…あんたのお兄さんだろう? 前法皇の死も色々と疑惑が取りざたされているし、あんたが心穏やかでいられるわけがない」ククールは何も言えなかった。聞きたくない話題なのに、聞かなくてはならない気がする。「……それでもねぇ、ククール。自分は一人だなんて、勘違いしてはいけないよ」その一言は、ククールの心にすっと自然に沁み込んだ。今度こそはっきりと怒りをこめて、リンデはククールを見据える。「あんないい子を、あんな風に泣かせて、何が恋人だいまったく」そろそろ酔っ払いを追い出して店じまいの支度をしようとしていたリンデが、こんな時間に一人とぼとぼと町中を歩いていく見覚えのある娘を見つけたのは今から少し前。声をかけ、ククールの連れだったと思い出して、ククールはどうしたんだいと尋ねてみると、たちまち声をあげて泣き出してしまった。実はリンデは、夕方に連れ立って店にやってきた2人を、最初からこっそり注視していた。はじめから険悪で、言葉少なに、そのうち口論になり、そのうち早い時間にゼシカだけが席を立った。その後のククールはひどいもので。明らかにヤケになり、酒を浴びるように飲んでは、見知ったバニーをはべらせて人目もはばからず下品な言動に下品な振る舞い。バニーを膝に乗せて濃厚なキス、さらに行為がエスカレートしそうなところで、“ぼっちゃん”には甘いリンデもさすがにそろそろカツを入れようかと腰を上げた。その時、店の入り口に立ち尽くすゼシカの姿に気付いたのだ。帰りの遅いククールを迎えに来たのだろう、扉にもたれ、無表情に、半ば呆然と、他の女と乱れるククールの姿を遠目に見ている。「…わたしが張り倒してこようかい?」そっと近寄って言うと、ゼシカはハッとしてから、力なく笑って首を振った。「……いえ…いいんです。今は…好きにさせます。アイツ、弱いから……時々忘れるの、私がいること。…………一人じゃないって自分で思い出してくれるまでは、…放っておきます」「だけど」「おばさんには迷惑かけるけど、ごめんなさい。…よろしくお願いします。あんまり度が過ぎたらお店から放り出していいですから」そう言って頭を下げるゼシカは毅然としていて、それは確かに本心なのだろう。しかしリンデの目には、どこか必死で無理をしているようにしか見えなくて、眉をひそめる。「いいの。――……ちゃんと、帰ってきてくれれば」ゼシカが寂しげにポツリと呟いたのを、リンデは聞いた。 「他の女とイチャついてるのを見ておきながら、じっと耐えて待っててくれるなんざ、女の鑑じゃないか。それをなんだい、あんな泣かせ方して今頃飄々と探しに来て、どの口が恋人だなんてぬかすんだ。アンタぶん殴られても文句ひとつ言えないんだよ」本気で叱られてククールはたじたじだ。もちろん言い返せる要素があるわけもない。「こんな香水の匂いプンプンさせて!妙な痕までつけて!何様だいまったく!!」ぎょっとして胸元を見ると、バニーちゃんにいつの間につけられたのか、あからさまなキスマーク。リンデはククールの胸をどんと突き飛ばし、恐ろしいオーラを放って、ククールを睨みあげた。「……一体あの子に何をしでかしたんだい?」「………………。」言えない。絶対に言えない。言わないと殺されそうだが、言ったら間違いなく殺される。ククールは無言で許しを請うた。マジすいませんでしたと心の中で叫びながら。やがてリンデがニヤリと笑って見せる。「まぁいいさ。聞かなくても大体わかるからね。状況証拠はそろってる」「…ぅ、え?」「薬でも塗るかい?ソレ」口唇を指さされて、ククールは思わず口元を押さえた。ゼシカに噛まれた箇所がわずかに痛む。「ほっぺたに紅葉も張り付いてるしねぇ」「………………。」すげぇ、女の観察眼ハンパねぇ…素直に感嘆するが、それより何より…怖い。もうダメだ、これ以上攻撃されたら本気でへこむ。そう悟ったククールは、決心してぐっと拳を握った。「わかったおばちゃん、オレが悪かったから。ゼシカどこにいるのか教えてくれ」「ほんとに反省してるのかい」「してるよ。悪かった。全面的にオレが悪い。ちゃんと謝るから…」脳裏には、最後に見た彼女の泣き顔しか浮かんでこない。「……頼む。アイツに会いたいんだ」今もたった一人で、あんな風に泣いているのかと思うとたまらなかった。リンデはしばらくの間、そんなククールの顔を睨みつけていたが、そのうちふっと表情をゆるませた。やれやれ仕方ないね、という呟き。「…わたしの家にいるよ。場所はわかるだろ?土下座でもしてくるんだね。それで、二度と泣かせるんじゃないよ。いいね?」「わかってる。ありがと、おばちゃん」すぐに踵を返して走り出したククールの後ろ姿に、幼かった彼の姿を重ねて、リンデは優しく微笑むのだった。 ***赤々と燃える暖炉の前に座り込んでいるゼシカの背中を見た時、心臓が止まりそうになった。勢い込んで来たものの、その頼りない背中に胸がつまる。足が止まる。声が出ない。つくづく自分は情けないと思う。―――いきなりゼシカがぐるりと振り返り、固まっているククールと目が合った。「…!!」泣いて―――――、いるものだとばかり、思っていた。しかし次の瞬間、それがとんでもない自惚れだったとククールは知る。バッッッチイイィィィイインン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!…本当に、そんな音が部屋いっぱいに響いた。説明するまでもない、すっくと立ち上がったゼシカは、いきなりククールの頬を力の限りに張ったのだ。その威力は、さきほどと同じ単なる平手などという甘いものではない。なんの構えもしていなかったククールは、あっけなく気前よくスポーンと、部屋の隅にまで吹っ飛ばされた。その様はまさに、「なぎ払われた」と称するのがふさわしい…さすがゼシカ、そのへんの女の張り手とはわけが違うぜ。目の前に星が飛ぶとかヒヨコが回るとか、そんな力士ばりの一撃を繰り出せるのはオレのゼシカしかいねぇ。さすがオレの惚れた女。GJ。そういえば最近コイツ、格闘スキル上げるのに熱心だったっけ…これなら暗黒神などメじゃあるまい…「グーじゃなかっただけ感謝しなさいよね!!!!」一瞬気が遠のいていたククールは、聞き慣れた怒声に我に返った。「…ゼシカ」「あんたなんかダイッキライよ!!!!」目の前に立つゼシカを見上げると、顔を真っ赤にさせて拳を握りしめてククールを見下ろしていた。「なんでそうなのよ!!いつもいつも!!あんたはなんでそうバカなのよッッ!!!!」クラクラするのを堪えてゆっくり立ち上がり、いつもの身長差で彼女を見る。本気で怒っている時の顔だった。微動だにせず、絶対に相手から目を逸らさない。「なんでわかんないの!?なんですぐカッコつけるの!?カッコよくなんかないくせに!! なんにもわかってないくせに!!逃げてばっかり!!一人じゃなんにもできないくせに!!」「……その通りだよ」ククールが自嘲気味に呟くと、ゼシカは一度押し黙り、彼をじっと睨みつけた。「……何しに来たの」「謝りに」「…じゃあ謝ってよ」「……………悪かった」目も合わせられない。そんな一言で伝え切れるわけがないのはわかってる。だけど彼女のまっすぐな視線を受け止めるには、胸の中を覆う罪悪感が、まだあまりにも重くて。逸らした目線の先に、ゼシカの剥き出しの肩や鎖骨にあからさまに付けられた品のない残酷な赤い痕の多さを見て、さらに失望する。あぁ、これもさっきおばちゃんの言ってた、“状況証拠”の一つだったんだろう…と。 しばらくして、ゼシカがボソリと言葉を落とした。「…あとちょっと来るのが遅かったら、私があんたをひっ捕まえに行ってたわ」来るのが遅い、と言われてるようなものだろう。「…悪い。…待たせた」「待ってないわ」しかしキッパリと言い切られ、顔を上げる。「最初は、待とうと思った。あんたのこと、ちゃんと待ってみようって思った。 あんたが酒場で他の女の人と何してたって、私以外の人とどんな最低なことしてたって、最後に私の待つ部屋に帰ってきてくれるなら、待っていようと思ったのよ」ゼシカの顔がまた怒りに染まる。だけどその表情は、泣きそうに歪んでいる。耳をふさぎたい気持で、ククールはそれを聞いていた。改めて今日の自分の情けない所業を思い返し、奥歯を噛みしめるしかない。「―――だけどッ!――そんなのできなかった…!私は、待ってるだけの女なんかお断りよ!! ククールが間違った方に逃げるなら、追いかけて捕まえて、殴って燃やして、それから…ッ」ゼシカの瞳に涙が浮かぶ。「それから…ッ、…あんたは一人じゃないんだって、嫌ってほど教えてあげるんだから…ッ!!」頬を流れた涙に、ククールはじっとしていられず、彼女の肩に手を置いた。泣きながらもゼシカは、気丈にククールをまっすぐ見つめている。「…あぁ、オレもそう思うよ。大人しく待ってるだけなんて、ゼシカには似合わない」「…悪かったわね…」「殴ってくれてありがとうな。おかげで目、覚めた」あんな風にしてくれるのは、ゼシカだけだ。「――――…ゼシカがいるから、もう大丈夫だ」今度こそ、見上げてくる瞳をまっすぐに見つめ返し、心からそう告げる。マルチェロとも…きっと、まっすぐ、真正面から、戦うことができる。そんな決意を。ゼシカが小さな声でククール、と呟く。ククールが苦笑交じりに笑うと、ゼシカもようやく口元に笑みを浮かべた。そして…そのままで、十数秒。肩を掴んだままで一向に動こうとしない相手に、ゼシカはイラリ…と眉をひそめる。「……ちょっと…なんなのよバカ…いつもはやめろって言ってもしてくるくせに…」「え」「え、じゃないわよッ。こういう時くらい男らしく抱きしめたらどうなの?なんで何もしないのよ…ッ」まさかゼシカの方からそこに言及してくるとは意外で、ククールは咄嗟にうまい言い訳が思いつかない。さらにちょっぴり俯き、頬を染めるゼシカ。「……それに…っ、キ、キスくらいしたって…ッ、別にいいんじゃないの!?わ、私だって いつもいつも嫌がるわけじゃないんだからね!?空気ってものがあるでしょ!?バカ!!」「あの、いや、えっと…」「なによっ、もう!」しびれを切らしたゼシカの方からズイッと一歩近寄られ、ククールは焦って思わず一歩退く。「いや、待てよ。オレだって今めちゃくちゃお前を抱きしめたいけどさ、キスもしたいけどさ」「じゃあすればいいじゃない!!!!」「いやだから!オレ今…」そこまで言って、ククールはゼシカからさらに一歩下がり、申し訳なさそうに続ける。「……嫌だろ?風呂入らねぇと」 ゼシカはきょとんした。そしてすぐに、彼が何を言っているのか悟り、不機嫌な表情になる。「そりゃ…イヤよ。他の女の人の匂いさせたまま抱きしめられるなんて。でも今は、そんなことより…」「ダメだ。お前がよくてもオレが嫌なんだよ」「いいって言ってるじゃない…ッ」「嫌だ。お前にそんな我慢させたくない。一回部屋に戻ろう。ちゃんと風呂入って、それから…」「今抱きしめてほしいのよッッ!!!!!!!!!」涙まじりの叫びに、ククールは絶句する。ゼシカはスカートを握りしめ、涙をぼろぼろ流しながらククールを睨みつけていた。「ウソ…なんでしょ?本気じゃないんでしょ?だったら…だったらちゃんと…」「嘘?本気?って…何の話だ?」「…ッ!!」唐突に、ゼシカが走り寄りククールの胸に飛び込んできた。拒否していたもののいざこの状況になると、抑えていた愛しさが相まって、ククールも瞬間的に腕の中の小さな体を思い切り抱きしめていた。小さな頭を抱き込み、彼女の香りをめいっぱい吸い込む。ククールの背中のシャツを握りしめ、ゼシカもそうして安堵の息をついた。しばらくして、もぞもぞと顔を動かしたゼシカが、ククールの胸に顔を埋めたまま呟いた。「…私が他の男の人と、こういうことしても…いいの?」「なっ…」脈絡がなさすぎて、いいわけないだろ、という言葉すらすぐに出てこない。「だって私は…なんにもわかんないもの。ククール以外の男の人の胸の中も、 ククール以外の男の人のキスも、ククール以外の人との、…エッチも」「……あ~…」今さら思い出した自分の最低最悪な失言に、天を仰いで遠い目をする。――――お前も、一回オレ以外の男と寝てみたら?――――なんであんなことが言えたのか…今となっては本気で自分を呪い殺したい。「ゼシカ…あれは」「私はククールしか知らないの。ククール以外知りたくなんか、ないの」弁解を遮られ、向けられたゼシカの赤く染まった顔とまっすぐな言葉は、ククールの心を貫いた。これ以上喜ばしい言葉があるだろうか。そして愛しい。どうしようもなく。「……あれは、うそなんでしょ?…うそって言って」「嘘に決まってんだろ…お前がオレ以外となんて…考えただけで気が狂う…」本当は誰よりも独占欲が強いのは自覚してる。それを隠すのに慣れすぎただけで。だからそれを増長させるようなことをゼシカ本人から言われては、もう抑えきれない。お望み通りキスを与える。だけどそれは到底、王子様がお姫様に捧げるようなロマンティックなものじゃない。息さえ紡がせない。オレのことしか考えられないように。オレのことしか見えないように。思いのたけを、無言で伝える。口唇だけで伝える。隠してきた汚れた欲さえも、唾液と共に注ぎ込んだ。 ゼシカが酸素不足と敏感になった体を持て余して床にペタリと座り込むと、ククールは当たり前のようにそこに覆いかぶさってきた。「ちょっ…!何してんの、これ以上はダメよッッ!!」「なんで」「ここがどこだか忘れたの!?」荒い息でゼシカは叫ぶ。ククールは一瞬シーンとして、あぁ、と思い出した。「さすがに人んちでは無理か…」「…よかったわ、それくらいの理性は残ってて」呆れたため息をついたゼシカが、それに!とククールの胸をグイッと押し返した。「やっぱりイヤ!その香水の匂い全部キレイに落としてからじゃないと、絶対しない!」「さっきはいいって言ったくせに」「イヤ」頬を膨らますゼシカにククールは観念し、立ち上がる。続いてゼシカも立ち上がり、少し考えたあと、おもむろにククールに手の甲を差し出した。反射的にその手を取ってしまうのは、騎士の性。しかし顔には??が浮かぶ。ゼシカはふわりと微笑み、「これくらいは許してあげる。…早く帰ろ」そう言って、ククールの手を握り返し、そっと寄り添い、歩き出した。 *「…でもさ。自分じゃ、匂いが取れたかどうかなんて正直わかんねぇんだよな」「そんなの知らないわよ。死ぬほどゴシゴシすればいいでしょ。でも私が待ってるってことを 考慮して、迅速かつ丁寧に、かつ完璧に洗い落としてこなきゃダメよ」「手厳しーこと…。…じゃあここで一つ提案」「なによ」「ゼシカも一緒に入るってのはどうだろう。合理的かつ素晴らしい打開策だと思うんだが」「なっ!!!!」「そんでゼシカがオレの体をゴシゴシ洗ってくれれば、匂いが取れたかもわかるし無駄な時間もかからないし、何よりゼシカが一人ぼっちで待つ必要がなくなる」「そっ、そんなっ、こと…っ」「なんならそのまま次はオレがゼシカの体を隅々までゴシゴシしてやるよ。ゼシカがイイ所、思う存分時間かけてゆーっくり丁寧に洗ってやるから…」「~~~~ッッバカーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」帰り道、人騒がせな2人がどんな会話をしたのか。その夜、恋人たちは、はじめて一緒にお風呂に入ったのか。それは、本人たちしか知らない。 傷つけた・前編